出走表詳細 千葉G3 レース情報

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千葉競輪 滝澤正光杯

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2R 出走表詳細(10月19日 3日目)

予想担当記者
赤競 久保 ひとみ
情報提供
赤競

アタマ争い

S級一般

発走予定
11:07
投票締切
11:02
勝ち上がり条件
1~3着は選抜、4~6着は一般、以下は帰郷予定

【誘導員】藤田 晃英 A3

予
想
好
気
合
総
評
枠
番
車
番
選手名
府県/年齢/期別
級
班
脚
質
ギヤ
倍数
直近4ヶ月の成績
競走得点 S B 逃 捲 差 マ 1
着
2
着
3
着
着
外
勝
率
2連
対率
3連
対率
△ 14 1 1 春日 勇人
千 葉/39/82
S2 追 3.92 98.25 1 0 0 0 2 2 1 3 7 20 3.2 12.9 35.4
○ 14 2 2 大井 啓世
奈 良/50/58
S2 追 3.92 98.11 0 0 0 1 1 0 0 2 2 13 0.0 11.7 23.5
▲ 15 3 3 荒井 春樹
長 野/28/99
S2 逃 3.92 96.86 1 6 2 3 0 0 0 5 1 16 0.0 22.7 27.2
16 4 4 田村 浩章
徳 島/39/82
S2 追 3.92 94.62 0 0 0 0 1 1 1 1 0 16 5.5 11.1 11.1
× 16 5 矢口 大樹
千 葉/27/95
S2 逃 3.93 95.69 1 12 0 2 0 0 1 1 4 20 3.8 7.6 23.0
16 5 6 網谷 竜次
香 川/29/91
S2 追 3.92 0.00 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.0 0.0 0.0
注 16 7 川村 昭弘
新 潟/40/81
S2 追 3.92 95.72 1 0 0 0 1 1 0 2 0 21 0.0 8.6 8.6
16 6 8 関根 幸夫
神奈川/47/59
S2 両 3.92 94.33 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4 0.0 0.0 0.0
◎ 16 9 冨尾 享平
大 阪/29/101
S2 逃 3.92 94.65 2 12 3 2 1 0 4 2 1 22 13.7 20.6 24.1
並び予想
← 9まくり 2追込 4追込 5逃げ 1追込 8追込 6追上 3まくり 7追込

※各項目トップの数値は赤字で表示されます。

レース評

流れ悪い冨尾だが、仕掛けが嵌れば強く期待の◎。大井が踏み出し凌げば差しも。矢口は得意のダッシュ戦だと単可能。

天候 晴/風速 2.5m

予
想
着
順
車
番
選手名 着差 上り 決ま
り手
S
/
B
勝敗因
× 1 5 矢口 大樹 14.3 捲 B 合わせ捲って
◎ 2 9 冨尾 享平 3/4車輪 14.2 ク 合れ矢口追い
▲ 3 3 荒井 春樹 2車身 14.2 S 捲られも立直
4 8 関根 幸夫 1車身 14.2 切替捲り出も
○ 5 2 大井 啓世 1/2車輪 14.1 冨尾に離れて
注 6 7 川村 昭弘 3/4車輪 14.2 荒井ツキバテ
7 4 田村 浩章 1/2車輪 14.0 前が離れては
△ 8 1 春日 勇人 4車身 14.6 挟まれ追えず
9 6 網谷 竜次 大差 追上失敗して

レースダイジェスト映像

ダイジェスト映像を見る
2
枠
連
複
4=6
1,230円(6)
2
車
連
複
5=9
2,300円(10)
3
連
勝
複
3=5=9
5,520円(24)
ワ
イ
ド
3=5
900円(13)
3=9
1,030円(16)
5=9
940円(14)
単
4-6
2,370円(13)
単
5-9
4,450円(19)
単
5-9-3
38,470円(125)

戦い終わって

戦い終わって写真

 後ろ攻めの矢口大樹が押さえていくと、最終ホームで荒井春樹に突っ張られる展開に。しかし、矢口はすぐさま3番手に入ると、冨尾享平の反撃に合わせてホーム過ぎからロングまくり。最後も力強く押し切った。
 「本当は初手で中団が欲しかったけど。ホーム手前からカマしたかったけど、荒井君に踏まれてしまったので。そこから無理矢理仕掛けたんでキツかった。今年初めに(違反訓練で)黄檗山に行ってから体重が減ってずっと調子を落としてたけど、ここ1、2か月で体重が戻って踏めるようになってきた。あと1キロくらいでベストに戻るんで、そうすればもっと楽に踏めると思う」
 冨尾はホームからスパートし、矢口に追い上げマークする形で2着に入る。
 「今日はあそこで行こうと決めてました。連日、情けないレースだったし。でもレースが下手ですね。無理矢理行った感じだったから、脚は一杯でした」
 逃げた荒井春樹が3着に残り、自力型3人での決着に。
 「本当は中団が理想だったけど、ホームで誰も来ないんで行きました。連日ダメだったのもあるので、とにかく前にいきました」

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